台風と共に
2019.08.22

 先週 16日の朝、台風と共に父が逝きました。
 19日に葬儀を終え 今はいろいろな処理に忙しくしております。
 ホームページを始めて「ぺんぺん草」という父の武勇伝を記してから ずーーと皆様に気にかけていただいて
 ありがとうございました。
 92歳 安らかに旅立ちました。
 
 覚書

 台風が来るので16日も早く施設に行こうと思っていた朝8時前、電話がなり亡くなったと連絡あり。
 6時ごろの朝の血圧等々測り パンツ交換では少し元気がなかったけどそれでもいつものように抵抗しつつも交換が終わり これなら大丈夫だなと施設の方が7時半ごろ見に行ったら亡くなっていたそう
 最後の瞬間に立ち会えず残念だが 連絡が入り急いで施設に向かう
 口の中の清掃をしていてくれてた顔を見ると穏やかで、いつものように寝てるような顔。
 呼びかけにももちろん答えるはずはないのが信じられなかったけどとうとうその時が来たんだとしっかりしなくてはと自分に言い聞かせる。
 苦しまずに逝ってよかった
 もう少し待っててくれればよかったのにと それだけが残念だが穏やかな顔だったので安心した。
 医者の死亡確認はお昼ごろになるので一度、家に戻り戻す部屋を片付け施設の指示があるまで家で待機。
 2時ごろ連絡があり、もう一度施設へ
 体もきれいにしてもらって、用意していた洋服を着せてもらい、自宅へ戻る

 それからは葬儀屋さんの指示で色々な決め事。
 ダーがきれいにした部屋でと新しく張り替えた障子と前1週間 部屋の片づけをしていたのでスムームにことが運ぶ。
 18日の通夜の前まで自宅に安置 約二日間自宅でゆっくりしてもらい 19日に葬儀
 喪主なのでゆっくり感傷に浸ることもなく 葬儀を終える
 20日から市役所関係へ 市役所関係の届を出したり返還したりするものは21日には終える
 49日の納骨の準備

 まだまだやることは多いが、今は書類を整理して 部屋を片付けて いつもの生活に少しずつ戻さなくてはと思う。

 前日、反応が薄かったので気になってはいたけど 台風が過ぎればまた気圧も戻り少し反応があるかなと思っていたが 台風と共に逝ってしまった。
 私が家族として出来ることはやってきたつもりだが、父はどう思っていたのか それを最後まで聞けなかったのが心残り
 いまだ、信じられなくて でも現実で いつかはこうなるとわかっていても遺影に向かって「父さんほんと?ほんとに亡くなったの?本当だよね・・・」問いかける。
 でも普通に 朝のコーヒーとお茶をお供えして「はい、お父さん飲んでね」と語りかけたりもする。
 遺骨が無くなったら もっと寂しくなるんだろうな
 
父の容態
2019.08.14

 大型台風が近づいているので気圧の関係で父の容態に異変があるのではと不安になり昨日は早めに行きました。

 入居してから1週間単位で下降線
 もともとお粥は嫌いだけど現役のころから病院食が大嫌い それをお粥とミキサー食食べはずがありません。
 ちょっと食べてもういい それが1か月半前のこと、
 それでも少しでも口からと私もヘルパーさんも看護婦さんも進めるが容器を振り払う勢いの拒否
 私が思うに何が嫌なのかと言えば、口の中が汚くなること。
 先月までは歯磨きもどうにかやっていたがブクブクが出来なくなって、 歯医者さんのように水分を吸いながら磨いてくれるのもあるんだけど、それも拒否
 1日の栄養が取れるどろんとした栄養ドリンクだけになりました。
 それもどろんとなっているので(味は甘くバニラ味)飲んだ後は口の中が糖分が残り歯や舌にこびりつくような感。
 それを機嫌のいいときに歯ブラシで取ったりしていた。
 父は自宅にいるときはずっとアクエリアスカロリーゼロを飲んでいたので その方がさっぱりして飲みやすいと両方出すようにしていた。
 やっぱりさっぱりして飲みやすそうで今はそればかり飲んでいる
 一度に25CCほど、 それでも1日に換算すれば100cc
 人間の1日の最低水分補給量250ccには程遠いです それも仕方ないこと。

 治る病気でもないのに、親の最後を書いていいのかと思うのだが、支障のない程度に記す

 週に一度在宅医が来てくれる 
 うちは拒否が多く、血圧測るにもやめろーーーと手を振り上げてベッドの柵に腕や手をがっつり握りしめ人に対して抵抗するので 手と腕が真っ赤に内出血
 もともと皮膚が弱く 年齢的にも皮しかないので掻いたりすると皮膚が破けて血が出る
 絆創膏を貼ると痒いのではがそうとする うまく剥がれないとまた皮膚の再生が遅れるを繰り返し、先生からの指示で塗り薬が出る
 
 先生からいつもなら「大丈夫だよ」と私にも言うのに 先週は言わなかった
 こりゃその時が来たなと 別室に呼ばれて話を聞く
 もって今月いっぱいかなあ・・・もう点滴も入らないし家族も望んでいないので止めてあとは自力で水分を飲ませて様子見ながらの時です。 
 でもまだ完全な看取りの段階ではないけど、心臓音がかなり小さくなっているので、明日かもしれないし来週かもしれないし、でもかなり将軍様は体力がもともとあり丈夫な体のようなので 普通ならもう逝ってるけど頑張ってますよ
 この時間を家族で大切に見守ってあげましょう のお言葉

 先週出来てたことが今週にはできなくなってるのは見ていてもわかる
 先々週は行ったとき、帰るとき、声をかけるとよッと手を上げて合図をする
 水分飲む?と聞くとうんと言って口を開けるしぐさをしていたのに先週からしなくなった
 ウトウト寝てるときもあれば 目を開けてるときもある。
 体の向きを変えようと柵に掴まって自分で動こうとするときもある。でも自分ではできない
 足も延ばしたり折ったり落ち着きのない時もある。 まだシャワー浴も出来ておしもは自分で洗おうとする。

 でも先週よりは明らかに衰えたなあと感じている

 昨日、行ったら案の定寝ている が何となく目を開け声をかけるとまた目を閉じる
 苦しそうに肩で息をしているので酸素を口の傍に当てると収まる の繰り返し
 一昨日あたりから 30秒ほど無呼吸になることが多くなった そしてまた息をハーハー
 よく太った人やいびきの酷い人が寝ているときに無呼吸になる感じ 自宅でもたまになっていたがその弱い程度のものが頻繁になった

 ダーの声掛けには優しい顔をしてちょこっと頷いたりするが、私の問いかけには無視( *´艸`)
 「また明日来るからね 待っててね」と言っても薄く目を開けるだけ
 肩をすりすりしたり 頭をなでると 触るなモードで手で払いのけようとする
 娘としてはちょっと寂しい。
 もっと甘えてほしいし、私も甘えたい でも昔同様、俺には構うなモード

 先生のお話の時、看護婦さんも同席して 一番の願いは最後の瞬間に立ち会えればもうそれで充分ですと話したが 息が荒くなったりもうその時が近づいたら部屋に泊まってもいいし、それはわかるから知らせます
 ただ ちょこちょこ見てはいますがずーーと張り付いているわけではないので、一瞬の時に無呼吸のまま逝くこともあります との話。
 そりゃそうだわね。 危ないと連絡きてすぐに行っても間に合わないこともある
 願わくば 私がいる時に逝ってほしい 願いはそれだけです
 ただ なんとなく 誰も気が付かないままふとした時に逝ってしまいそうで、今はそうなっても仕方ない 苦しまなければそれでいいと 私が覚悟を決めている時です。

 自宅に戻る準備はできた。
 ずーーと帰りたかったであろう自宅に戻り 自分の布団でしばし休んで見送ってやりたい
 その時が近づいてきました。
 性格がそっくりで衝突することが多く、父の介護面でもかなり大変な時があったけど、そこはやっぱり親子 
 そんなことはすべて吹っ飛んで、子として親を見送るのを私も精いっぱい努めようと思う
 誰でも一度は通る道 

 私も父も そしてダーも 頑張っています
班長の仕事
2019.08.12
 フー 毎日暑いですね
 一昨日 昨日 と夏祭りでした
 ヘロヘロです

 一昨日の準備が一番大変で 町内自治会館から公園へ 夏祭りの道具を炎天下の中 運ぶ作業
 テントや重いものは車で運ぶが小物は女性軍がテクテク歩いて何度も往復
 それが一番大変でした
 班長はそれぞれの担当を決められ 私は総務部所属なので 芳名 机椅子を設置
 半紙に寄付の名前と金額を書いてもらい それをたかーーい板に張り付けていく作業
 その張り付けるのも糊の濃さとかいろいろ慣れている人から指示があります
 それをもう一人の方と三脚に上り ペタッと糊で張り付けていく作業
 それだけ書くと簡単に思うけど 細かい指示と肉体労働系の仕事もあります
  ちょっと空き時間があると日陰に避難 自分の身は自分で守らないとならないのである程度の手抜きと休憩が必要

 実行委員という方々が毎年仕切っているので 班長はその指示に従って行動するだけなんだけど、この暑さ 年配の班長さんは負担大です
 お互いに声を掛け合っていたわり合って交代に休憩取りながら
 時にはトイレという名目で交代で自宅に戻りちょっとだけ休憩してまた戻る
 氷はどうだ あの箱はどこ行った この机と椅子はここに と あたふたしながらみんなで作業

 そのほかに 受付チーム 神輿の接待チーム 焼き鳥チーム 焼きそばチーム 抽選券チーム 子供会ではかき氷チーム
 それぞれにテントで頑張ります
 お昼に鉢合わせがありお昼を食べて休憩 そのあと片付け
 また自治会館へ道具をもって移動

 子供たちも子供神輿がでたり 大人神輿 
 夜になると中央公園(大きな公園)へ移動 そこは1丁目から5丁目の神輿が集まって 露店も出て盆踊り

 私は施設に行くと4時過ぎにお暇させてもらいました
 10年前の班長の時は 夜までやって 熱中症になってしまったのでとても体がもちません

 
 確かに子供たちは太鼓叩く練習を1か月前からやって楽しみにしてるのもるけど 班長ではない町内会員はこの暑さの中 あまり出てきません
 やってる人だけが盛り上がっているとしか見れないんだけど・・・しかも新興住宅地なのに神社もないのにな

 前にアンケートを取ったらほとんどの会員が「やらなくてもいい」「時期をかえたら」と意見が多数なのに 毎年やり続けている今日は今日とて 最後の片づけ 自治会館に集合です
 この班長の仕事が苦痛で町内会を抜ける人も多です

 一応 一年に一度の大仕事夏祭りが終わったので 大きなイベントは秋の運動会と会費の徴収
 これが終わったらまた10年くらい班長が回ってこないので頑張ってやろうという人がほとんどかな
 こういうおつきあいで知らない町内の方たちともお知り合いができたり仲間意識が出来たりするんだけど 年配の班長さんには酷な仕事です
 自分の身は自分で守らないと熱中症になっても誰も責任とってくれないので 年配の人は参加できませんと休む人もいる そりゃそうだわ
 まじめな人はそれでも頑張って動こうとする
 ある程度 もう体力が無理なので早く上がらせてもらうとか 言ったもの勝ちという所もある
 毎年 暑さが尋常じゃなくなってる昨今 高齢化もあるしもう少し小規模にするとか時期を変えるとか考えた方がいいのになあ

 と思いながら、何も言わない私ですが(^^ゞ
 さー 今日は自治会館の後片付け  ダーは障子貼りが終わり居間の天井を塗り替え作業
 みんなヘロヘロだす

やっとひと段落
2019.08.08

 毎日暑いですーー でも湿気があるので洗濯物がパリッとしない でも干せるってありがたい
 
 やっと壁の拭き掃除がおわり私も今日はお休みデー
 ラジオ体操から帰ってきてそのまま壁掃除をはじめ、お昼にシャワー 少し休んでパパリンのところへという生活パターンだったが 一応掃除も終わりホッ

 ダーは昨日田舎から戻ってきました。
 この暑さで本当に疲れたと思う。よく頑張りました。
 そして今日から仕事。
 だけど帰ってきた早々 テレビのハードディスクは壊れるし 週末は障子貼りやらなんやらやることがいっぱい
だけど少しのんびりして欲しい
 彼の体が心配です

 パパリン 八戸の両親 ダー  私の心配症はどこまで突き進むのでしょうか

 ラジオ体操は続いています。
 ちょっと疲れたなあ 休んじゃおうかなあと思っても頑張って行って体操するとスッキリ気分
 いささか面倒な時は、体操も手抜きでやってます そういう日があってもいいよね

 パパリンはゆっくり下降線ですが 今週は横ばいでした
 2週間前にできたストローでの水分補給も吸う力が無くなってきたのか 今は吸い口で。
 それでも一杯飲んでくれた日は調子も落ち着いています
 あとはウトウトコックリコックリ状態
 そんな日常です

 話は変わるが ちょっと奥さんテレビ見たーーー??
 わが街の政治家 小泉進次郎さん 結婚 なんとお相手は滝川クリステルさん
 ふーーーん そうかーーー そういうタイプか(ちょっとやっかみ)
 もっと楚々としておとなしい人かと思ったけどなぁ~
 地元の話題のお店、夏祭り、駅前の演説 私は見たことないけど結構会ったの~なんていう人いるんだけど そうかーーなんか複雑な気持ち(近所のおばさん感覚)

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